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名古屋高等裁判所 昭和36年(う)400号 判決 1961年10月09日

被告人 斎藤二一

主文

本件控訴を棄却する。

理由

所論は、被告人は原判示の踏切の七・一米手前で一旦停車し、左右の安全を確認した後徐行して右踏切を通過したのであるから、道路交通法三三条一項に違反せず、無罪であるというのである。

しかし原判決引用の原審第二回公判調書中証人岡崎勝也の供述記載、原裁判所の検証調書中の記載を綜合すると、愛知県北警察署警ら係勤務巡査岡崎勝也は、原判示の日時ころ、原判示踏切より西方約二七米離れた名タク上飯田営業所前市電敷設街路の東側歩道の西北端附近に立つて、北方及び東方路上の交通違反の有無を監視していたところ、原判示の普通貨物自動車を運転して進行してくる被告人の姿を、原判示の踏切より東方約一八米の路上で発見し、引き続き被告人の行動を注視していたところ、被告人はそのまま西進を続け、右踏切を時速約一〇粁で通過するのを現認したので、被告人に停車を命じ、道路交通法違反として検挙したことが認められ、本件記録及び原裁判所が取り調べたすべての証拠を検討しても、被告人が所論のように右踏切の約七・一米東の地点で一旦停車したとの事実はとうてい認められない。もつとも司法警察員作成にかゝる被告人の供述調書中の記載、原審第一、二回公判調書中の被告人の各供述記載、原裁判所の検証調書中被告人の立会人としての指示説明によれば、被告人は一貫して原判示踏切の手前で一旦停車した旨供述しているが、その停車地点については警察の取り調べ及び原審公判廷では右踏切の約一三米東の地点であると供述しながら、原裁判所の現場検証の際には、立会人として右踏切の約七・一米東の地点であると指示説明し、右踏切への距離が従前より約二分の一も短縮しておりその間の供述内容に一貫しないものがあり、冒頭掲記の前記岡崎勝也の供述記載、原裁判所の検証調書中の記載を彼此対照すると、被告人が右踏切の手前で一旦停車した旨の被告人の供述はたやすく措信し難い。のみならず、仮に所論のように被告人が右踏切の手前約七・一米東の地点で一旦停車し、往来の安全を確めたとしても、原裁判所の検証調書中の記載によれば、右地点からは被告人の自動車の進行方向に向い右方(北方)は約一〇〇米の地点まで見透すことができるが、同じく左方(南方)は僅かに二〇米の地点までしか見透しができないものであることが認められるのである。ところで、道路交通法三三条一項所定の踏切の「直前」とは、踏切から至近の距離でしかも左右の安全、特に、該踏切を往来すべき軌道車の進行状況に即応する踏切通過の安全を確認することができる地点でなければならないと解すべきであるから、前記の如く左方が僅かに二〇米の地点までしか見透し得ない地点では、とうてい右の安全を確めることができないことは当然であるから、被告人の供述をその最も利益に受けとつたとしても、その一旦停車したという七・一米の地点では、右道路交通法の要求する「直前」停車にあたらないものというべきである。

なお、弁護人は前記岡崎勝也の供述記載は、次の各事実すなわち、(イ)右岡崎が北方及び東方路上の交通違反の有無を監視していたと称する場所からは、東方より西方に進行する諸車は看板、樹木に視界を遮ぎられ、満足に注視できないことが原裁判所の検証調書により明らかであること、(ロ)同人が交通違反の有無を監視していたと称する地点が原裁判所の検証調書と、原審公判廷に提出されなかつた岡崎勝也作成の犯罪事実現認報告書記載とでは、その場所を異にしていることに照し、証拠としてとうてい信憑性がないと主張する。然し、原裁判所の検証調書中の記載によれば、前記岡崎が交通違反の有無を監視していた地点からは、原裁判所の現場検証の時である昭和三六年六月二〇日当時においては、なるほど所論のように東方から西進してくる諸車が樹木の葉と映画の立看板に視界を遮ぎられて確実にこれが姿を認められない状況にあつたが、原判示の日時ころは、右視界を遮ぎる樹木の葉も右立看板もなかつたので、原判示踏切より東方約五〇米の地点まで十分見透しが可能であつたことが認められるのであり、次に、岡崎が交通違反の有無を監視していた地点が、司法巡査岡崎勝也の犯罪事実現認報告書中の記載と、前記検証調書中の記載とでは相違していることは否定できないが、右犯罪事実現認報告書は、略図により表示されたものであるから、前記検証調書の現場見取図のような立会人の指示説明に基づき作成された精細な図面による表示との間に右のように多少の相違があるからといつて、この点をとらえて、岡崎勝也の原審公判調書中の供述記載が信憑性のないものであると断ずることはできない。結局この点の主張は弁護人の独自の主張というべく採るを得ないし、しかも、原裁判所が右供述(記載)を措信したことを目して経験則違背ということもできない。以上の次第であつて、論旨は理由がない。

よつて本件控訴は理由がないので、刑訴法三九六条に従いこれを棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 影山正雄 谷口正孝 中谷直久)

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